木馬道(きんまみち)
私が小学生の頃まで、近くの沢沿いの山道に木馬道(きんまみち)が作られることがあった。
数年に一度くらいなので、木馬道ができると仲間と連れ立って遊びに行った。
1960年代以前の日本の山間部は、山林の奥地からの木材搬出は、牛や馬、もしくは人力で木製のソリ
に乗せた木材を輸送する木馬により行われていた。
そこで、伐採場所から木材の集積所まで作られた作業道が木馬道である。
形態は、けもの道よりも幅が広く線形は緩やかで、路盤にソリの抵抗を減らすために進行方向と直行
するように盤木(丸太)が敷設され、油が塗られていた。
我々にとって木馬道は今でいうフィールドアスレチックのような物で、遊ぶには持って来いの場所だ
った。
自分たちで木ぞりを作って滑ったり、放置してある丸太を滑らしたりした。
山の上まで丸木が続いているので、じゃんけんをして、勝ったら階段を上っていく遊びをよくやって
いた。
そのときの言葉はグーは「グリコ」でチョキは「チョコレート」パーは「パイナップル」だった。
グーで勝ったら「グリコ」の3文字分階段を上がれるという単純な遊びであるが、楽しくてしょうが
なかった。
木馬道による奥地からの木材搬出は、人力で行う危険な重労働であったようだ。
炭焼きが仕事だった近所のオジさんは、義足をしていて地元に伝わる神楽舞の責任者をしていた。
幼い私にはオジさんの足が無いことに理解が出来なかった。
大人になってから父に聞くと、オジさんは木馬道の運搬作業中に不慮の事故で片足を切断してしまっ
たと教えてくれた。
今では見かけなくなった木馬道だが、昔の人は苦労して木材を運び出していたのである。
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